東京地方裁判所 昭和27年(ワ)7285号 判決
原告 栄木忠常
被告 リツカーミシン株式会社
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し金二百万円と、うち百万円に対し昭和二十五年三月二十三日から、うち金百万円に対し同年四月二日から各完済にいたるまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因として、つぎのとおり述べた。
「一、被告は、昭和二十五年二月二日訴外日本ゼオライト工業株式会社に対し(1) 金額百万円、支払期日同年三月二十三日、支払地東京都港区、支払場所株式会社協和銀行本店、振出地東京都千代田区(2) 金額百万円、支払期日同年四月二日、支払地、支払場所、振出地いずれも(1) と同一なる約束手形各一通を振り出し、訴外会社は、同年三月九日にみぎ各手形を訴外伊藤忠商事株式会社に裏書譲渡し、同会社は、(1) の手形をその支払期日に、(2) の手形をその支払期日の翌日である同年四月三日にそれぞれその支払のため呈示をなした。
二、原告は、伊藤忠商事株式会社から昭和二十七年七月十五日に前記各手形の白地裏書による譲渡をうけ、現にこれら手形の所持人である。
よつて原告は、被告に対しみぎ手形金額合計金二百万円と、うち金百万円に対しその支払期日である昭和二十五年三月二十三日から、うち金百万円に対しその支払期日である同年四月二日から各完済にいたるまでの年六分の割合による遅延損害金を求める。
なお、原告は、みぎ訴外伊藤忠商事株式会社からいわゆる隠れたる取立委任を受けて本訴に及んだものである。
三、被告の抗弁に対し、原告が弁護士であることを認めるが、その余の事実は、全部否認する。」
被告訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として、つぎのとおり述べた。
「原告主張の請求原因事実中、被告が訴外日本ゼオライト株式会社にあてて原告主張の各手形を振り出したこと、同会社がこれら手形を原告主張の日時に訴外伊藤忠商事株式会社に裏書譲渡したことを認める。みぎ訴外会社が原告主張の支払のための呈示をしたことを争わない。同訴外会社がみぎ各手形を原告に対し譲渡したことは、知らない。また、みぎ訴外会社が原告に対しみぎの各手形の隠れたる取立委任をしたことを否認する。抗弁として、
一、原告は、弁護士であつて伊藤忠商事株式会社から、みぎ各手形の取立を委任され、さきに昭和二十七年七月中同会社の代理人と称して被告に手形金の支払いを求め、被告がこれを拒絶したところ、さらに取立の方法として同会社と通じて同会社からみぎ各手形の裏書譲渡の形式を装つたものであるから、みぎ譲渡は、虚偽表示であり無効である。
二、仮りにみぎ抗弁が理由ないとしても、原告は、係争権利を譲り受けたものとして、弁護士法第二十八条の規定に違反し、原告のみぎ譲受行為は、無効である。
三、また、訴外伊藤忠商事株式会社がみぎ各手形を原告に譲渡した行為は、被告に対する訴訟行為を為すことを主たる目的とするものであつて、信託法第十一条の規定に違反し、無効である。」と述べた。
<立証省略>
三、理 由
被告が原告主張の(1) (2) の約束手形を訴外日本ゼオライト工業株式会社にあてて振り出し、同会社が原告主張の日時にみぎ各手形を訴外伊藤忠商事株式会社に裏書譲渡し、訴外会社が(1) の手形を支払期日に、(2) の手形を支払期日の翌日に、それぞれ支払いのために呈示したことは、当事者間に争いがない。
さて、原告が伊藤忠商事株式会社から本件手形を白地裏書によつて取得したことは、その自ら述べるところである。原告は、みぎ裏書を取立委任の趣旨であると述べるが、甲第一、二号証裏面の裏書欄にその趣旨の記載がないばかりでなく、原告は、同会社の代理人としてでなく、自ら原告として本訴に及んでいるところから、その委任がいわゆる隠れた取立てのそれであることは、その自陳するところである。しかし、甲第三号証の記載及び証人猪飼義男の証言は、たやすく信用することができないし、他に取立委任の趣旨を肯認するに足る証拠がないから、原告は、裏書によつて手形上の権利を譲り受けたものと認めるほかはない。
かりに、原告の主張するように、隠れた取立ての委任がなされたとしても、この場合における裏書の当事者間の権利関係について、手形法上においては、あるいは、単に被裏書人の名をもつて、手形上の権利を行使する権能を与えるに過ぎない場合があるとする考え方があるとともに、他方、裏書による権利移転の効力があるとする考え方もある。
しかるに、この点についての判断をしばらくおくも、原告が弁護士であることは、当裁判所に顕著な事実に属し、また、本件手形が満期に支払われないままに、原告の取得前既に二年余を経過したことは、原告の自ら述べるところであつて、これと弁論の全趣旨とをあわせ考えれば、該手形上の権利は、弁護士法第二十八条の規定にいわゆる「係争権利」に該当するものと解すべきことが明かである。そして、同法条の趣旨は、弁護士の使命と職務とにかんがみて、弁護士がある法律関係の係争状態(もとより、現に訴訟の係属することを要しない。)にあることを知りながら、特定的に、これを承継することによつて、進んで自ら、その当事者の立場に立つことを禁止したものと解すべきであつて、前判示の裏書を、手形法上の法律関係において、前説明の後者の考え方(権利移転の効力を認める。)に従つて解する場合はもちろん、前者のそれ(権利行使の権能の授与のみを認める。)によつて解した場合においても、被裏書人は外部的には、係争法律関係の当事者と化して、債務者と対立する関係に入り込むことに変りがないのであるから、少くとも弁護士法第二十八条の規定の適用については、その特別構成要件としての「譲り受ける」に該当するものと解することが相当である。
そうして、弁護士法第二十八条の規定に違反した行為の私法上の効力いかんについて、法は、これを明定しないが、既に同法第七十七条の規定において、懲役又は罰金をもつて臨む限り、強行法規に違反する行為として、私法上の効力を否定することが相当である。
以上に説明したところによつて、その他の争点についての判断をするまでもなく、原告が有効に手形上の権利を取得したことを主張する本訴請求は、これを許すことができないから、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中西彦二郎)